通常の蘚類は胞子を拡散するために、自身の表層を流れる空気を利用しています。要するに成熟した胞子を風にのせて散布してもらう方法をとっているのです。
この通常の方法ではなく、草花の受粉のように昆虫を利用して胞子を運んでもらう事に特化した蘚類が存在するのです。日本国内では「オオツボゴケ」と「ヒメハナガサゴケ」の二種類が確認されていて、どちらも動物の糞や死骸の上を好んで生える特殊なコケのため「糞ゴケ」という不名誉な呼称で呼ばれる事もあります。
しかしその不名誉な名前とは対比的に、とても鮮やかな色と愛らしい姿をした胞子体が美しく、多くのコケ愛好家を虜にしています。その胞子体は、蒴の頸部がスカートのような傘状に広がり色鮮やかで、先端部につける帽は半透明で妖艶。蒴が成熟すると、一般的な蘚類の蒴歯は内向きなのに対して本種は蒴歯が外側に反り返り、蒴内の胞子塊が開口部から出てきてきます。
そしてこの胞子は粉末状ではなく、粘性があり細粒状になっています。これは本種に惹きつけられてきたハエなどの昆虫に付着しやすくするためだと推測されています。ではどのようにハエなどの昆虫を惹きつけるかというと、このオオツボゴケ科蘚類は動物の糞などの上に育つことから自身も同様の匂いを発し、さらに色鮮やかな傘状の姿でハエなどの昆虫を誘い出しています。
ちなみにこの珍しい「オオツボゴケ科蘚類」は、日光の男体山や北八ヶ岳の白駒池周辺で生育しているのが確認されています。どちらもシラビソなどのマツ科の常緑針葉樹林の中を生育地として好んでいるようですね。